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【通販の歴史】物流の発展と共に拡大していった通販

「通販」と呼ばれる通信販売は、「単品リピート通販」、「B2C」、「D2C」など様々な名称で表現されていますが、これらの呼び方の変化は「ビジネスの考え方が変わっていったため」と言えるかもしれません。時間と共に通販の呼び方が変化したように、通販の長い歴史の中でいくつか、変化のタイミングがありました。通販がどのように発展してきたかを知ることで、現在のような形になっていった経緯・意味などが立体的に見えてくるのではないでしょうか。そこで今回から、通販の歴史についてポイントごとにかいつまんで特集していきたいと思います。

通販の歴史を語るうえで大きなターニングポイントは、「物流発展の歴史」、「広告の発展の歴史」、「ビジネスモデルの変化の歴史」、「法規制の変化の歴史」の4つです。まず、今回は通販というビジネスモデルができた初期段階における「物流の発展」についてお話していきたいと思います。

日本における通販のはじまり

シアーズ・ローバック社の1902年版カタログ(復刻版)
シアーズ・ローバック社の
1902年版カタログ(復刻版)

1871年(明治4年)、日本で郵便制度が誕生しました。そして2年後には全国一律料金制度が導入されます。このことにより、日本で通販事業の土台ができあがりました。

同じ頃、アメリカでは本格的な通販が開始しています。

1872年(明治5年)に、モンゴメリー・ワード社がメールオーダーで日用品を販売。1886年(明治19年)にはシアーズ・ローバック社も通販を始めています。当時のカタログによると、衣類だけでなく、銃や墓石なども掲載されており、様々な商品が取り扱われていたようです。

なお、日本の通販のはじまりは1876年(明治9年)と言われています。農学者「津田 仙」(つだ せん)が、学農誌局発行の農業雑誌上でアメリカ産のトウモロコシの種を販売したのです。その後、津田仙は、玉ネギ、キュウリのような野菜の種だけでなく、クルミ、リンゴ、イチゴといった果実の種へと種類を拡大していきました。

これをきっかけに津田仙の真似をする種苗業者が増え、一気に“通販”という考え方が広がっていったのです。なお、当時の決済手段は“現金”または”郵便印紙”による前払いのみということもあり、一部の業者が代金を受け取ったあとに広告と異なる商品を送りつける、粗悪品を販売するなど、トラブルになることもありました。

物流の変化にともなう通販の拡大

1892年(明治5年)に小包郵便の取り扱いが開始し、普通郵便と比べて少し大きなサイズの荷物が送れるようになります。物流のインフラが整ってきたことで、ここから通販が新たな販路として拡大していくようになりました。

1899年(明治32年)には、日本の老舗百貨店である「三井呉服店」(現在の三越伊勢丹ホールディングス)が、通信販売による「外売係通信部」(翌年より「地方係」と改称)を設置。同年、老舗百貨店「高島屋」も通信販売部門である「地方係」を発足させます。

百貨店において、顧客から郵便で注文をもらい、小包で商品を送るという今の通販の元となるスタイルが確立しました。この方法により、従来は地方へ出張して販売していた顧客に対しての販路がさらに広がったのです。

なお、当時の三井呉服店は広告に力を入れており、地方の得意先開拓のために毎月のように商品を掲載した雑誌を発行して配布、自らが作り出した美しい衣装を着せた「美人画看板」を全国の主要駅へ貼りだすなどの宣伝活動をしていました。この積極性が地方においての販売網拡大に役立ち、地方からの注文が年々増加したと言われています。

以上です。

今回は、通販の歴史シリーズ第1弾として通販の成り立ちと物流の発展の関係についてお伝えしました。次回は、各メディアが発展していく過程で通販に与えた影響についてお伝えしていく予定です。

また別のコンテンツもご覧いただければと思います。

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